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温井 梗子−1−
梗子「おかえりなさいおっ♪」
梗子先生は廊下でみんなを待ち構えていた。
菁「……戻りました」
梗子「まちくたびれちゃったお……」
菁「すみません……」
梗子
「あんまりまちすぎて、きょうこひとりでたべちゃおうかとおもったお」
そうしてくれてもよかったのに、って顔をみんながしてる。
梗子「じゃーんっ!!」
菁「…………」
俺たちは机の上にある料理を見て、無言になった。
一目でわかる。
これらが危険な料理だってことを。
そして本能が警鐘をガンガン鳴らしている。
これはかなりヤバイ、シャレにならんと。
柊子「お、お姉ちゃん……ずいぶんたくさん作ったのね……?」
梗子「がんばりました!!」
柊子「そ、そう……」
梗子「みんな8みりさつえいがたいへんだから、きょうこはみんなのためにこころをこめましたおっ♪」
清願寺「あ、ありがとうございます……」
黒部「マジ気遣わないでくださいよ」
菁「そんな、梗子先生お気遣い無く……」
梗子「さー、みなさんえんりょなくたべておっ♪」
そうは言われたものの。
柊子「…………」
菘奈「…………」
菁「…………」
誰も手を付けようとしない。
まあ、無理も無いけど……
柊子「お姉ちゃん……これは、なに?」
温井さんがビスケットの乗ったかたまりを指差す。
梗子「これはねー、ビスケットサンドおにぎりですお」
柊子「ごはんけっこう使ったのね……?」
梗子「うん! のこってるのぜんぶたいてつかっちゃったおっ♪」
柊子「…………」
ということは。
これ以外には、もう主食が無いんだな。
柊子「あとでお米買って来なきゃね……」
菘奈「……うん……」
次に菘奈が、一番気になる見た目の、オブジェのようなものを指差した。
菘奈「あの……これは……?」
梗子「チョコスティックおん・ざ・トメイトゥ」
何でトマトの発音だけいいんだよ!
という突っ込みをする気持ちもおきない。
トマトがチョコスティックでぶすぶすと刺されまくって
て、何だか無残としか言いようが無い。
そして菘奈もその料理に手をつけようとはしなかった。
清願寺「これは……」
この形状ならわかる。
梗子「めんたまやき」
ちょっとこげたり、黄味が壊れたりたりしているけど、ソースがかかった目玉焼きだ。
黒部「なんだ、これなら……」
そう言いながら黒部が箸を伸ばして口に運ぶ。
黒部「…………」
一口食った瞬間、黒部が目を見開いたまま固まった。
清願寺「……どうした?」
黒部「……これ、ソースじゃない……」
清願寺「げっ!?」
梗子「そーすだお? ちょこそーす」
黒部「…………」
口の中のものを飲み込めずに涙目の黒部に、温井さんがこっそり言う。
柊子「出してもいいよ……?」
黒部「…………ぐっ」
しかし黒部は根性で飲み込んだ。
そんな黒部の様子には気づいてないのか、梗子先生はマイペースに料理紹介を続ける。
梗子「マシュマロとこんそめスープのはーもにーをおたのしみくださいおっ♪」
この暑い昼間に、あたたかいスープ。
コンソメの香りになんだか甘いのが混じってる。
しかもマシュマロはスープの温かさで溶けかかってるか
ら、マシュマロだけよけて飲むわけにもいかなそうだ。
もちろん誰も手をつけなかった。
清願寺「いや、でもこれは大丈夫そうじゃない?」
清願寺がサラダボウルを指差す。
一見普通のサラダに見えたが、さっきの目玉焼きのこともあるから慎重にいかなければならない。
柊子「お姉ちゃん、これは?」
梗子「ぽてとちっぷとやさいのサラダ」
清願寺「ポテトチップなら平気じゃないかな」
菁「だよな、甘くないし」
黒部「うん」
初めての甘くないお菓子に、皆の表情が少しだけ明るくなる。
サラダはそんなに腹持ちはしないだろうけど、何も無いよりましだ。他は何とかビスケットをよけてごはんを食えば……
菘奈「じゃ、お皿とって」
菁「うん」
みんなでサラダを取り分けて食べ始めて、また無言になった。
柊子「…………」
黒部「……びっくりするほどマズイな……」
清願寺「ポテチがベチャベチャで……」
菘奈「……うん……」
元がポテトチップと野菜とは思えない、想像外のマズさだった。
菘奈「どうしよう……」
食欲魔人の菘奈まで動揺している。
大食い=何でも食えるってわけじゃないしな。
菁「……梗子先生、味見しました?」
梗子「ううん?」
柊子「それじゃ、一緒に食べましょうか」
梗子「いいのかおっ? これ、みんなのためにつくったのにおっ?」
菁「もちろん!! なあ?」
柊子「え、ええ……」
菘奈「うん。一緒に食べましょーよ」
清願寺「そうだねぇ……」
黒部「それじゃあ、あらためて……」
梗子「いったらっきまーすっ♪」
全員「いただきます……」
元気に挨拶した梗子先生がビスケットおにぎりを口に
運ぶのを、俺たちは見守った。
梗子「…………」
一瞬無言になり、すぐ顔をしかめた。
梗子「……おいしくないお……」
料理センスは無くても、味覚はマトモなんだ。
梗子「……こっちは……?」
そう言いながら他の料理も少しずつ食べて、梗子先生は表情を曇らせた。
梗子「やっぱりおいしくない……」
菁「…………」
梗子「……きょうこ、とんでもないことしちゃったお……」
その姿の、しょんぼりがっかりっぷりが少し痛々しい。
これだけの量だから、作るのも大変だったろう。
妹の温井さんも困った顔をしているけど、フォロー出来ずに居るみたいだ。
梗子「おかしとしょくざいさんに、かわいそうなことをしたお……」
一応厚意でやってくれたことだし、何とかフォローしてあげないと……。
菁「きょ、梗子先生……? みんなでこの料理使ってもう一回作りなおししません?」
梗子「……え?」
柊子「そ、そうね……チャーハンにはなると思うわ」
梗子「…………」
菁「せっかく作ってもらったのに、申し分けないですけど……」
黒部「だな、みんなでやれば」
菘奈「そうだね! きっと楽しいよ!」
清願寺「ポテトチップのサラダも、もう少し工夫すれば何とかなりそうですよね」
梗子「……みんな、ありがとだお……」
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