一ツ瀬 菘菜−2−



菘奈「やっほー、菁。遅くまでご苦労様だね」

菁「菘奈」

シャワー上がりの菘奈が、ふらっと今日もやってくる。

菘奈「今はね、皆怪談で相当盛り上がってるわよ」

菁「へえ、よくやるなぁ」

菘奈「それがね、意外や意外! 温井さんの話が一番怖くてさ!」

菁「ほお、そりゃ確かに意外だわ」

菘奈「菁もどうかなと思ったんだけど、女の子の部屋でやってるからね。無理だろうし、抜けてきちゃった。ついでにシャワーも」

菁「ん、ありがと」

菘奈「いえいえ〜」

菘奈が隣に座る。石鹸の匂いが漂ってくる。
濡れた髪で、湿度がほんの少しだけ上がる。


菘奈「今日はだいぶ頑張ったよね。予定よりも結構撮れたんじゃない?」

菁「ああ。ほら、ここまで。この分だと明日は……」

菘奈「じゃあさじゃあさ、バス停のあたりを、こうさ……」

恒例、菘奈と一緒にPC前で明日の計画立案タイムである。

菁「そうそう。今更だけどさ、予定表すごい役に立った。ありがとな」

菘奈「そう? それならよかった」

菘奈「だって菁、一見落ち着いてるくせに結構向こう見ずなんだもん。ああいうのあったほうがラクでしょ?」

菁「うん」

菘奈「だから、あたしも頑張るよ」

菁「あんまり無理すんなよ? 道場だってあるんだからさ」

菘奈「朝は行かないようにしたから、大丈夫だよ〜。あっ! 菁ここ、ここ! この駄菓子屋、昔よく行ったよね〜。懐かしい」

菁「ああ、そうだな。明日はこの辺までいけそうだ」

菘奈「んじゃあさ、じゃあさ……」

昨日も少し感じたことだが、やっぱりこいつといるのは気が楽だ。
例えば今日の撮影も、こいつがいたおかげで3割増しで楽しかったし、はかどった。

さっきのあの妙な暗闇の校内徘徊だって、他の人だったら正直会話が続かないだろう。

菘奈「ん〜〜〜、今日も楽しかったね。……撮影、終わったらさ。この時間ももう、終わっちゃうんだよね」

菁「そうだな」

菘奈「ねえ菁。やっぱさあ、夢なんじゃないかな」

菁「は?」

菘奈「いやさ、この出来事も、この村がダムになっちゃうのもさ、全部夢だったりして、って。なにもかも水の底に沈んじゃうことも、急にこんな風に学園に集まって皆で騒ぐことも。なんか、いまだに嘘みたいに感じるのよね」

菁「だからって夢じゃないだろうさ」

菘奈「……まぁ〜、そうだよね。今までなーんにも起きないで、なーんにも変わんない
でここまできたのになぁ。……変わっちゃうのか、皆」


画面の写真を眺めながら、菘奈はそう呟いた。
どことなく、合宿前までに時折見せた、寂しそうな顔に似た声色だった。


ずっと変わらないでここで育ってきたからな。きっとその感情は、感慨とか思い入れとかそういう理屈の、向こう側にあるものなんだろう。だから、

菁「しかたないさ」

そんなことぐらいしか言えなかった。
俺も同じだから。

菘奈「そうだね。しかたないよね」

やっぱりその声は寂しそうだった。

菘奈「………………」

菁「おいおい、しんみりしても……って、菘奈?」

菘奈「…………え? どうしたの?」

菁「菘奈……お前……」

菘奈「急に止めて、どうしたの菁? もっと写真見たいんだけど。あ、予定表? ちょっと待って、今紙とペン出すから」

菁「………………あ、ああ」

菘奈「ちょっと、本当にどうしたの。気持ち悪いわよ。眠い?」

菁】「いや、そういうわけじゃないんだ。というか、気持ち悪いは言いすぎだぞ」

菘奈「あははっ、ごめんごめん。ほら、紙。で、明日は具体的には〜」

菁「ん。ええっとな」

さっき、横から見た菘奈の顔。それはどことなく……
……泣いているようにも見えた。

でもなぁ、涙も出てないしなぁ、いきなり泣き出されても困るしなぁ。菘奈も別にどうってことはなさそうだし……。勘違いか?

菘奈「……っ、……」

菁「菘奈?」

菘奈「……ごめん、菁。ちょっと、ティッシュ貸して。……鼻、かみたい……」

菁「お前な、いくら馴染みとはいえ男の目の前で鼻かむのはどうかと思うぞ」

菘奈「いいから、早く! もう……ちーーーーーん」

菁「風邪か?」

菘奈「えへへ、そうだったら困るなぁ。さってと! んじゃあもう遅いし、パパッと予定表作っちゃいましょっか!」

菁「おーう」

菘奈「………………」

それから予定表を作り終え、教室に帰っていくまで、やっぱり菘奈はいつもの菘奈だった。

明日の撮影を心から楽しみにして、ウキウキしながら帰っていった。ああだこうだと人の世話を焼きたがるくせに、子供みたいだった。

だから、その時俺は気づかなかったのだ。

菘奈がいったいどれだけのことを思って、どれだけ不安を抱え、緊迫していたのか、なんてことには。



 



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